第2次大戦後、日本は日本国憲法や児童福祉法を制定し児童福祉の制度を築いてきました。現在では、国と自治体は全ての子どもの健全育成について責任を負い、様々な子育て支援や児童発達支援を行っています。
戦前の日本では、児童福祉の法律や制度があまり整っておらず、保護者のいない子どもや過酷な児童労働、貧困を原因とした母子心中などが多くありました。そのような中、民間から独自に児童養護事業を起こした人たちがいました。石井十次もその一人です。
石井十次は岡山孤児院を設立し、親のいない子どもや生活に困窮している家庭の子どもを保護しました。入所の子どもは多い時で1200人を超えていたといいます。岡山孤児院12則は、岡山孤児院の方針を定めたものです。その中身は体罰を否定し言葉と行動による教育を重視すること、基礎教育の重視、職業教育を通じて子どもの自立を支援すること、家庭的な雰囲気での養育などです。これらは、現在の観点から見ても進歩的と言えます。
また、石井十次は日中仕事のために子どもをみれない親のための保育所も作りました。現在までに続く児童福祉の礎を築いた一人です。